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福岡地方裁判所 平成2年(行ウ)1号 判決

主文

一  原告らの各訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

一  本件訴状の記載は、別紙請求の趣旨及び原因のとおり

二  そこで、先ず、原告らの右各訴えが適法であるかどうかにつき検討する。

1  福岡地方裁判所甘木支部が昭和二二年五月三日裁判所法施行令(同年政令第二四号)第七条(「裁判所法施行の際現に設置されている各区裁判所の所在地(旧地方裁判所の所在地を除く。)には、裁判所法(同年法律第五九号)第三一条第一項の規定によりその所在地を管轄する地方裁判所の支部が設けられるまで、当該地方裁判所の支部を設けたものとする。」)、地方裁判所の支部の名称権限に関する件(同年政令第二五号)により、甘木区裁判所の所在地(福岡県朝倉郡甘木町)に権限乙号の支部(管轄区域は、甘木簡易裁判所管轄区域。なお、甘木簡易裁判所の管轄区域は、昭和二二年法律第六三号・下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律第三条に基づき、福岡県の内朝倉郡と定められていた。)として設置され、地方裁判所支部設置規則(昭和二二年最高裁判所規則第一四号。同年一二月二〇日公布・昭和二三年一月一日施行)によつて、そのまま福岡地方裁判所甘木支部として存続し、昭和二四年一月一日から地方裁判所及び家庭裁判所支部設置規則(昭和二三年最高裁判所規則第三七号地方裁判所設置規則の一部を改正する規則・同年一二月二四日公布・昭和二四年一月一日施行による。以下「支部設置規則」という。)によつて福岡家庭裁判所甘木支部が併設されて現在に至つたが、地方裁判所及び家庭裁判所支部設置規則及び家庭裁判所出張所設置規則の一部を改正する規則(平成元年最高裁判所規則第五号・同年一二月二八日公布・本件に関する限度でいえば、平成二年四月一日施行。以下、原告らの略称に従い、「本件改正規則」という。)によつて福岡地方裁判所甘木支部及び福岡家庭裁判所甘木支部が平成二年四月一日から廃止され、甘木簡易裁判所の所在地に福岡家庭裁判所甘木出張所が新設されることになつたことは、公知の事実である。

なお、因みに、福岡地方裁判所管内甘木区裁判所及び甘木簡易裁判所の沿革の概要が次のとおりであることも、公知の事実である。

ア  現在の甘木簡易裁判所管轄区域である福岡県のうち甘木市及び朝倉郡は、府県裁判所の時代には、長崎裁判所の管内であつたが、明治九年一〇月二八日福岡区裁判所が設置されるや、その管轄区域に入つた。

イ  明治一四年一〇月六日治罪法制定とともに、福岡区裁判所が福岡始審裁判所管内の福岡治安裁判所に改称され、福岡県のうち上座郡・下座郡、夜須郡は、その管轄区域内に入つた。

ウ  裁判所構成法(明治二三年法律第六号)に基づき、明治二三年八月一一日裁判所位置及管轄区域(明治二三年法律第六二号)によつて、福岡地方裁判所の管内に、甘木区裁判所が設置され、その管轄区域は福岡県上座郡・下座郡・夜須郡とされ、同年一一月一日施行された。(なお、地方裁判所支部及其管轄・明治二三年司法省令第三号では、甘木区裁判所管轄区域には、地方裁判所の支部は設けられなかつた。)

エ  明治二六年一一月二一日、甘木区裁判所の刑事裁判事務を福岡区裁判所において取り扱うこととされ(同年司法省告示第七六号)、明治三二年四月一五日には、甘木区裁判所の裁判事務を福岡区裁判所において取り扱うこととされたが、明治三三年一月二三日、甘木区裁判所において民事裁判事務を取り扱うこととされ、同年二月一〇日から施行された(同年司法省令告示第三号)。

オ  明治三八年三月二七日、裁判所構成法の改正(明治三八年法律第六七号)とともに、甘木区裁判所の同法第一六条の一第二(「窃盗ノ罪」)・第三(「二百円ヲ超過スル罰金ヲ併科又ハ付加セサル本刑六月以下ノ禁錮ニ該ル罪」)の刑事の事務を福岡区裁判所において取り扱うこととされ(同年司法省令第一〇号)、甘木区裁判所において同年四月一日から同法第一六条の一第一(「違警罪」)・第四(「本刑ニ百円ヲ超過セサル罰金ニ該ル罪」)の事項に関する事務を取り扱うこととなつた(同年司法省告示第一五号)。明治四〇年一〇月七日、甘木区裁判所は、同裁判所の管轄に属する刑事事務の全部を取り扱うことになつた(同年司法省令第三一号)。

カ  大正二年四月五日、裁判所構成法の改正(大正二年法律第六号)とともに、裁判所廃止及名称変更ニ関スル法律(大正二年法律第八号)により、同月二一日から甘木区裁判所は廃止され、福岡県朝倉郡は、福岡区裁判所の管轄区域に入つた。しかし、大正八年三月二四日、法律第二二号によつて、改めて甘木区裁判所が設置された(同年七月一日から施行)。

キ  昭和六年三月三〇日に、同年四月一日から当分の間、甘木区裁判所の裁判事務を停止し、福岡区裁判所が代つて取り扱うこととなつたが(同年司法省告示第八号)、昭和八年一月二〇日に、甘木区裁判所の裁判事務は、同年二月一日から復活することになつた(同年司法省告示第一号)。

ク  昭和一七年九月一〇日甘木区裁判所の裁判事務を停止することになり(同年司法省告示第三二号)、同月一二日調停及登記ヲ除ク民事・刑事事務取扱区裁判所ノ停止統合ノ件(同年一〇月一日施行・同年司法省告示第二三号)により右裁判事務を福岡区裁判所において取り扱うことになつた。また、甘木区裁判所の破産・和議事件の取扱いが停止され、福岡区裁判所に引き継がれた(同年司法省告示第三五号)。昭和二〇年七月二六日、福岡区裁判所において取扱われていた調停・非訟事件が復活した(同年司法省告示第三六号)。昭和二一年六月二一日、甘木区裁判所において民刑事事務、破産・和議事件の取扱いが復活した(同年司法省告示第五七号・第六〇号・同年七月一日施行)。

ケ  昭和二二年五月三日、日本国憲法の施行に基づき、憲法第七六条第一項の「法律の定めるところにより設置する下級裁判所」を受けて、前記のような経緯で、現在、裁判所法第二条第一項は、下級裁判所として高等裁判所・地方裁判所・家庭裁判所・簡易裁判所を定め、同条第二項(「下級裁判所の設立、廃止及び管轄区域は、別に法律でこれを定める。」)に基づき、前記下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律により、福岡県を管轄区域とする福岡地方裁判所及び福岡家庭裁判所を福岡市に設置し、福岡県のうち甘木市と朝倉郡を管轄区域とする甘木簡易裁判所を福岡県甘木市に設置している。

2  憲法第七七条第一項によつて、最高裁判所に訴訟に関する手続を含む裁判所の司法事務処理に関して規則制定権が与えられている。そして、裁判所法第三一条第一項、第三一条の五は、地方裁判所及び家庭裁判所の事務の一部を取り扱わせるため、その地方裁判所及び家庭裁判所の管轄区域内に支部又は出張所を設けることができる旨を定め、これに基づき、最高裁判所は、裁判所の司法事務処理に関する事項として、支部設置規則を制定し、地方裁判所及び家庭裁判所の支部の名称・権限・管轄区域を定めている。福岡地方裁判所甘木支部及び福岡家庭裁判所甘木支部は、支部設置規則によつて設置された地方裁判所及び家庭裁判所の各支部である。

3  そもそも支部設置規則によつて設けられた福岡地方裁判所甘木支部及び福岡家庭裁判所甘木支部は、包括的な権限を有する官署たる福岡地方裁判所及び福岡家庭裁判所の事務の一部を取り扱うため、福岡地方裁判所及び福岡家庭裁判所の管轄区域内に、各本庁の所在地を離れて設けられた分肢たる官署であるが、原則として、独立の司法行政権を与えられていないから、それ自体司法行政官庁ではなく、司法行政官庁としての各本庁に包摂される。また、外部に対しては、各本庁と一体をなすものである。福岡地方裁判所甘木支部及び福岡家庭裁判所甘木支部は、このように独立の裁判所ではないから、訴訟法上の権限を画する意味における固有の管轄区域を有するものでなく、その管轄区域なるものは、福岡地方裁判所及び福岡家庭裁判所各本庁との間における事務分配をするについての地域的な一応の基準の意味を有するにすぎないものと解される。

ところで、訴訟法上の管轄は、国民の基本的権利に直接関係あるものとして、本来法律で定められるべき事項であり、現に、この点については、前記下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律によつて規定されている。この法律に基づいて設立された福岡地方裁判所及び福岡家庭裁判所については、福岡県を管轄区域と定められている。管轄によつて保護される国民の法的利益は、右の法律をもつて限度とされることは明らかであり、国民の便宜供与の目的に出るとはいいながら、裁判所の司法事務処理に関する事項として制定された支部設置規則による管轄区域の定めが裁判所内部の事務分配の定めであるにすぎないことは前示のとおりであり、この定めによつて、国民が何らかの利益を受けるとしても、それは、単に国民の事実上の利益にとどまり、法的利益にまで高められたものとはいえない(最高裁判所昭和四四年し第三号・同年三月二五日第三小法廷決定・刑集二三巻二号二四〇頁参照)。

4  したがつて、地方裁判所及び家庭裁判所支部管轄区域内住民の当該支部(裁判所)利用に関する利益は、事実上の利益であつて法律上の利益ではないのであるから、このような事実上の利益に関する紛争は、当事者間の権利関係又は法律関係の存否に関する紛争ということはできず、行政事件訴訟における抗告訴訟に当たらないのはもとより、法律上の争訟にも当たらないというべきである。

三  よつて、原告らの本件各訴えは、不適法であり、補正することができないものであるから、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第二〇二条に則り、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富田郁郎 裁判官 佐久間邦夫 裁判官 岡田 健)

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